自然と暮らしとものづくり

福島県奥会津三島町2017年度第1期生活工芸アカデミーの日々を綴ります

生活工芸運動の紹介

さて、早速講座が始まり、1日目に導入として説明をいただいた、

三島町の「生活工芸村構想」についての内容をまとめて紹介しようと思います。

生活工芸アカデミーの目的と内容を紹介していくにあたり、

それまでの経緯について、ちょっぴり複雑な歴史をまとめておくことにします。

 

 

前投稿のとおり、土地柄から三島町での暮らしは、

古くから食べ物も生活に必要となる用具も、すべて厳しい自然との共存の中で、

自然からの頂き物から、自給自足をしていたのです。


冬の間各家で、囲炉裏を囲んでものづくりに取り組む中で、家族の絆が結ばれ、

技術、智慧、歴史、叡智、文化…等が脈々と継承されてきたといえるのでしょう。

 

しかし、近代化の流れにより生活環境が変わり、

このような生活工芸品の需要は低下し、高度経済成長期を迎え、

若年層を中心に都市部への転出が進んでいったようです。

過疎化が進行する中で、三島町では大企業の誘致ではなく、

「人」(この当時この切り口で町おこしに取り組むというあり方は、

なかなか先駆的だったのではないかと思います!)という資源に

注目して昭和49年に「ふるさと運動」が始まりました。


都市に住む故郷のない人たちや自然を愛する人たちを、特別町民として三島町

「ふるさと」として来訪してもらう、都市と農村の交流事業です。

この時の交流は現在でも多くの家庭間で残っているようで、

毎年実家に帰るような感覚で双方に行きかう関係が続いているようです。

国内版都市と田舎のホームスティプログラム見たい。

だからか!雪で閉ざされた地域なはずが、町の方々はみんな

すごくオープンハートなのですよ。


実はこれ、今後結構重要なことなのではないかと思います。

東日本大震災の被災者の避難場所問題、熊本地震の被害、

今後近いうちに起きる南海トラフ地震を考えても、いざという時、

お互いに助け合えるようなコミュニティが全国にあるという事実は、

大きな安心と信頼なのではないかと思います。


近年異常気象が各地で観測され、

一極集中で異様な競争が繰り広げられる都心での暮らしの中、

現在の自分の生活にはないもの、創り出せないものをお互いに共有できるような

関係性を築ける「ふるさと」があることは、生きる上でのリスクを軽減し、

安らかで豊かな生き方ができるのではないかと思ったりします。

 

また、都市部への人口集中により、

都会と田舎の格差も拡大するように感じています。

格差、といっても、どちらが良い悪いというようなものではなく、

同じ日本という国に居ながら、生活スタイルの違いを、お互いに知る機会なく、

偏った環境にしか身を置けないのではないかという考えです。

 

テクノロジーの進歩で、インターネットを介した情報については

個人次第になると思いますが、圧倒的に、

「体験」としての機会に格差が生まれるようになる気がしています。

 

幼稚園からみんな同じ顔触れの全校生徒10人の学校と、

熾烈なお受験戦争で集まった300人の学校

 

満員電車とアスファルトジャングルの通学路と、

四季折々に表情を変える大自然の通学路

 

忙しい時間の隙間に、デパ地下で購入したお惣菜ごはんと、

朝庭の畑で採れた野菜を調理したごはん

 

 

人工知能が進むことで、暮らしも働き方も効率化していく(はずの)一方、

少子高齢化、女性の社会活躍、グローバル化が進むほどに、

都市と地方の環境格差(良い悪いではなく、総合的な環境としての)が広がり、

お互いに、「知らないこと」が増えていくのではないかと予想したりします。

 

グローバル化がさらに拡大し、より個性と多様性への理解が

必要となってくることを考えると、その際の解決策のひとつに、

語学や異文化を学びに行くように、日本国内の都市と田舎の暮らしを

交換するような、国内留学システムって面白いと思うのです。

 

実際最近は外国の方が訪れる日本も、観光地ではなくディープな

田舎になってきたし、国内でも、その地方ならではの文化や経験ができる

体験型旅行が人気だし。

それをもっとローカルに、人と人の心の交流に比重を置いた関係性を構築する、

その可能性が三島町が行ってきた「ふるさと運動」にあるのではないかと、

感動しちゃいました。

 


あ、私の妄想で脱線してしまいました(笑)

えっと、そんな「ふるさと運動」の目的は、

都会からの特別町民の知恵や知識や経験を生かして、

町民と一緒になって過疎化が進む三島町の地域づくりを推進することでした。

 

その中で、三島町ならではの、固有の価値として、雪の中で生活し、

今日の町の文化を構築した祖先の暮らし方に学ぶこととして、

町内で古くから受け継がれているものづくりに注目し、

「生活工芸運動」が展開されることとなりました。

 

生活工芸運動の目的としては、

自然と暮らしの中でのものづくりから、

豊かな山村の生き方を追及する精神運動と、

身近な素材を活用した地場産業の発展としての両面があるようです。

 

当時の想いとしても、規格化されて、工業化される経済の流れに

対抗していた部分と、今後のためにも、源流にある精神的な価値観やあり方を

変えずに、時代の流れの中でどのように生き残っていくかに挑んでいたことが

伺える気がしました。

 

その次なるフェーズとして取り組まれるのが、生活工芸アカデミーなのです。

過疎化に歯止めはきかず、ものづくりの継承も、町としての精神文化、

歴史、伝統技術の引き継ぎと存続を目的として、この制度の設立に繋がると、

私は理解しています。