自然と暮らしとものづくり

福島県奥会津三島町2017年度第1期生活工芸アカデミーの日々を綴ります

民藝運動と生活工芸運動

生活工芸館の館長より、諸々の概要についてご説明いただく中で、

ちょっと気になるお話があったので、個人的な解釈をまとめておきます。

 

私がものづくりを追求する中で、ゆるく掘り下げてきた民藝運動と、

三島町での生活工芸運動の特徴について、

私的な理解で整理しておくことにします。

 

民藝運動は、暮らしで使用する手仕事の日用品の中に「用の美」を見出し、

無名の工人たちの作品を称えた運動です。(私的略)

それは、芸術性ではなく、機械的なものでもなく、装飾的なものでもない、

名もなき職人がひとつひとつ手作りで仕上げた、生活の中で日常的に使われていた

生活雑貨への価値を生み出す機会でもあったようです。

 

中心となっていた柳宗悦は、思想家、哲学者、文学者という立場から

美を見出し、民藝の収集に取り組んで研究活動をしていました。

一緒に活動していた

河井寛次郎(陶芸家)→京都の河井寛次郎記念館おススメ

濱田庄司(陶芸家)→茨城の益子参考館おススメ

なども、自身の創作活動を深めているのです。

民藝運動については、日本民藝館を訪問してみてください。)

 

 

三島町の生活工芸運動は、民藝運動の対象となった、無名の工人さんたちが、

(職人、という立場でもなかった、いち農民?)技術の伝承と、

その精神的な価値を守り、次ぐために、町おこしを踏まえた上で起こした活動

だったということです。

 

時代的に参考にはしたとは思いますが、「用の美」という観点よりは、

作り手として、自身の暮らしの中で当たり前にあった技術が失われていくことが

あまりにも惜しかったのではないかと、想像してみたりします。

 

そこに、時代の変遷の中での新しい価値として位置づけること、

そして、今までの歴史が醸成してきたものづくりが備える精神的な(魂的な?)

価値を守り、伝えていこうという活動なのではないかと感じました。

 

そんな流れの中で、編み組細工の制作技術の継承と発展、

伝統工芸品としての振興を図り、法律に基づく伝統工芸品への指定を受けました。

現在では、伝産協会認定の伝統工芸士が10名いらっしゃいます。

今回アカデミーで講師をしてくださる先生方は、みなさん伝統工芸士です。

直々にその技をご指導いただけるなんて、なんとも贅沢なのでしょう!

 

ちなみに、以前の職場が、この伝産協会の事務局のすぐ近所で、

全国から集められた伝統工芸作品はなかなか手が出せないものも多かったですが、

目の肥やしにしょっちゅう会社帰りに寄り道をしていました。

全国の一流品が集まっているので、おススメです!

青山伝統工藝スクエア 

 

そのため、奥会津編み組細工は、現在は「工芸品」というポジションなのですよね。

ちなみに「民藝」と「工藝」の違いは、民藝運動~最近の研究内容を俯瞰すると、

「民藝」が生活の中の「用の美」、すなわち飾り物としてではなく、

日常生活の中で使うような、手頃な価格帯の手作りの雑貨であるのに対し、

「工藝」は、ものづくりが工業化される中で残った、職人や高度な技術を磨いた

専門家が素材にこだわり時間を掛けて作った、一流の手仕事であり、

高級な調度品といった区別をされているように感じます。

 

確かに、編み組細工も生活雑貨ではありますが、

決してお手軽な金額とは言えないです。

むしろ、その金額は残った手仕事への価値をも含んだのものだと思うので、

伝統工芸品であることは、これからの時代でのひとつの価値だと思いました。

 

ただ、編み組細工としての用途だけを考えると、今までの(今も)工人は

いち百姓であり、その百姓生活の中で必要となって作っていたものが

編み組細工であることを考えると、やはり生活の用にルーツはあり、

超The「民藝」だよな~と感じるのです(笑)

 

そこについては、三島町としては、民藝運動においては

「民藝」と「工藝」をそのように区分しているという事実であり、

その概念とは関係なく、三島町としての編み組細工の立ち位置を、

「生活の上での工芸品」として認識しているそうです。

どれが本物で、何が正しくて、という基準に当てはめるのではなく、

三島町として独自の運動を振興する中で、ひとつの定義として

扱っているとの説明でした。

 

なるほど~。この説明は、民藝運動をひとつの「正解」のように

理解していた私にとっては、もしかしたら自分が既存の、

先人が定義した「基準」に捉われてものをみていたのではないかという

気付きになりました。確かに、「民藝」「工藝」という区分に

当てはめてしまうと、その基準でしか「価値」が計れなくなってしまうような

気がします。。

私がここで出逢った工人さんたちや、創り出された編み組細工に心が

ときめいていたのは、そんな基準ではなく、もっと多様な側面からの

「価値」なのです。ふむ。


戦後の日本の変遷では、資本主義自由経済主義の発展に伴い、

物質的な豊かさを目指してきました。

安価で便利で機能的で、効率的な商品が、

大量に生産されて、大量に流通して、大量に入れ替わっていくのです。

 

わたし、100円均一大好きなのですよ。

創作活動の素材を探しに、アイデアを探しながら、

うろうろうろうろ徘徊するのが。

ある程度の消耗品と、自分の中の優先順位で使い分け、

自分の中では100円均一と程よく共存をしているつもりです。

 

そんな中、かつては生活必需品だったものが

工業製品に置き換わっていくことは、当然の変化だと思います。

過去自分で作った竹細工の水切り籠、大切にしてたけどやっぱりカビて

お別れになっちゃったし、全力闘魂して創り上げた急須は、

液垂れしすぎて残念な飾り物化したし、

工業製品の機能性や価格、耐久性は、やっぱり生活の不足部分を補う、

素晴らしい技術なのです。

 

こうして、現代となっては、その制作工程は時間と手間ばかりで、

無駄やこだわりが多い、画一化できない「民藝」「工藝」が

衰退していくのは、自然淘汰なのでしょうか…?

時代の流れの中で必要なくなって、失われていくとしたら、

それってすごーく自然の流れですよね。価値の変化。

 

とかとか、感じながら、それでも、なぜなのでしょう。

私は「民藝」「工藝」品に、どうしても、心がときめくのです。

産地に、その環境に、作り手に、素材に、工程に、空気に、想いに、

出来上がったそれだけが持つ独特な表情と空気感に、

やっぱり心が弾み、惹きつけられてしまうのです。

 

今後の伝統やものづくりが、どのように移ろいで行くのか、

どのようなポジションに、どのような価値となっていくのかについても、

これからの1年間で、少しでも自分がその現場に入ることで、

その方向性と可能性が垣間見えればいいと、そんな興味を抱いていたりします。

 

まだまだ不確定のわらかないことばかりですが、だからこそ、

実際に自分の全身で心で体感できたら、うれしいなぁ。