自然と暮らしとものづくり

福島県奥会津三島町2017年度第1期生活工芸アカデミーの日々を綴ります

デザイン講座からの考察

 

会津大学理事、会津大学短期大学学部長をされている

時野谷茂教授による「デザイン論」の講座がありました。

 

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デザインとは、何ぞや??

 

見せ方であり、伝え方であり、受け取り方であり、解釈であり、

遊びであり、象徴であり、対話であり、挑戦であり・・・

時代の流れと共に変化を遂げていくものであり、

時代に受け入れられ、問題を解決する手段。

(注:私的授業の解釈まとめ)


正解があるわけでも、答えがあるわけでもない。

ただ、たくさんの人に感動や愛、ときめきといった心のスイッチを掴む

衝動を与える何かなのだと思います。

 

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デザインは、ゼロからイチを創り出すことではなく、

情報、土地、世俗、ヒト、風習、流行、環境…等々、

多様に広がるあらゆる分野の差異や交点、断面や側面を組み合わせて

照らし合わせて「編集」をしていくことなのかと理解しています。

そしてそれは、対象としている物質的な「モノ」としての

性能や用途に留まらず、対象の周辺に無数に繋がる無形の要素までを

分解して網羅して俯瞰することで、意外な発見へと感動に至るのだと思います。

 

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横浜の駅ビルで見つけた、合皮のスカリ風バッグ!


夏休みで実家に帰っていた際、すでに秋物が並ぶデパートのウィンドウを

観ながら、ふと、こんなにたくさんあるものの中から

自分はどうやってものを選んで購入していたのか戸惑いました(笑)

近年めっきり欲しいものが減り、特に装飾品と距離ができていたのだ。

 

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物質的に飽和状態の現在、もはや生活に必要となるもので、

すでにないものは、ない。気がする。

最低限の商品アイデアは出尽くし、機能性や流行などによって

多少の「アレンジ」で組み替えた商品がたくさん並んでいるのが現状な気がする。

 

競合他社との差別化で、人口減により小さくなるパイを奪い合うことで、

価格競争は激化する。しかもグローバル経済はさらに拡大し、

ライバルは世界へと広がるのだ。

戦後目指せ欧米化で日本は発展してきたけど、これからのグローバルで

戦っていくには成長、拡大をし続けなければいけないのだなぁ。。

こりゃたいへんだ。

 

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この時代を戦い続けるには、持久力が必要で消耗戦になると、

体力(資金力)のない中小企業とかは結構しんどいわけですな。

ということは、同じラインで戦うのではなく、他にはない圧倒的な

「独自性」で勝負することが求められるようになると思うのです。

 

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そこで、前回もちょっと触れたのですが、技術流出で低価格の山ぶどう籠が

出回ってマーケットを奪われていることを懸念して

技術継承を非公開にするというのは、まさにこの「山ぶどう籠」という

商品の市場競争の中で戦っているということになると思うのです。


現在私が実際に三島町の土地で、自然に囲まれながら生活をし、

ものづくりをする中で感じるのは、「山ぶどう籠」という「商品」ではなく、

この土地、環境での暮らしの中から生まれた編み組細工が持つ、

もっともっと深い、歴史や風土や、当たり前に作って使ってきた人々の

暮らし方や、そこでの自然との距離感や関係性に、

現代が抱える潜在的な「価値」があるのではないかと感じるのです。

うーーーん、我ながら説明が難しくて、できなくて、もどかしい(笑)

 

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家の横の山にある素材を自らの手でいただいてきて、

必要に応じて欲しいものを、自らの手でカタチにする。

素材をいただく代わりに山を整備し、

おてんとさまや雨の御礼を受けてできた米や野菜をいただくという

自然と人間の持ちつ持たれつの共生の姿。

編み組細工の背景にある、この「生き方」こそが、

自然と人間の関係性、ものを大切にすることの尊さ、

自分が手にしているものの後ろにある繋がりへのイメージの拡大等、

三島町の編み組細工が未来に対して伝えていくべきメッセージなのではないか

と感じています。

 

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技術を公開すれば、確かに作れるようになる人は増えるかもしれない。

同様の商品が安く売られていることも出てくるかもしれない。

 

同時に、三島町だからこそここまで成熟した編み組細工の

技術があり、質の高さ、素材への信頼性があることは

簡単には真似できないし、奪われるものでもないと思います。

なんたって、今実体験で感じるのが、手に入れるためには

とてつもない忍耐、努力、情熱が必要だから。

 

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なんと言えばいいのだろう。

「編み組細工」というものとしての商品ではなく、

この三島町の環境とか歴史全部をひっくるめての「編み組細工」が、

唯一無二のキラッキラの希少性、独自性なのではないかと思うのです。


だからこそ、今後この価値をもっともっと拡大させていける

可能性に満ち溢れていると感じています。

今まで前面から見ていた編み組細工を、後面から見ていたら、

今まで存在していなかった価値の発見につながるのではないかなぁと、

「デザイン」を通して想いを巡らしてみました。

 

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この「価値」に対する妄想案にまでムクムクと膨らみつつありますが、

これはまた別の機会に呟くことにしまーーす。