自然と暮らしとものづくり

福島県奥会津三島町2017年度第1期生活工芸アカデミーの日々を綴ります

語りの世界

 

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鶴ヶ城会津若松 


「~なんしょ」「~つぇ」「~だべした」「~だと」…

会津の方言もだいぶ耳に慣れてきました。

ヒロロ細工の先生をしていただいている、工人渡部ユキ子さんが

会津民話祭りの語り部として参加されたので、応援に行ってきました。

 

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演目は「蛇になった娘」。

家の裏の川を流れる魚(カエル?蛇?)を食べた娘は、

下半身が魚(カエル?蛇?)のようになってしまい、

周囲から気持ち悪がれるようになってしまった。

下半身が治るようにひたすら願っていた娘だが、

ある時それは大変自分勝手な願いだということを感じ、

自分がいなければ周囲を不快にさせる迷惑をかけることはないと

川に身を投げて死んでしまう。

というあらすじだった。はず。(かなりあやふやな聞き取りと記憶による。笑)

 

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昔から口承で伝わる物語の多くは、人としての生き方や道徳について

語られたものが多いです。

この話も、若干唐突過ぎて疑問が残るところもあるが、

自分のこと以上に他人を思いやることの大切さを、

ちょっと大げさに語った内容なのだと理解している。

(それにしては、悲しすぎる結末だが…)

 

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昔むかし、TVやゲームや本のような娯楽が少ない時代、

薄暗い囲炉裏の火を囲んで、おばあちゃんが孫に語っていたのだろうなぁ。

感謝の気持ち、思いやり、人助け、優しさやユーモアについて

小さい子にも理解できるように、面白おかしい物語で受け継がれてきたのだ。

自然、神様、恩、欲、頓智など抽象的なお題について、

リアルな世界と想像の間の橋渡しをしてきたのが語りなのだろう。

 

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語り部のみなさまのお話を聞きながら、

耳から入ってくるストーリーを追って頭の中で広がる物語の世界に、

ドキドキハラハラしながら聞き入ってしまいました。

 

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物語の舞台となっていたほとんどが奥会津でした。

三島町での数か月での生活から、出てくる土地(地名)がわかり、

情景が浮かび、歴史が繋がり、そこでの暮らし方や風習、伝統、気候が

イメージできるため、物語の臨場感がたまらない。

まるでほんのちょっと昔の会津の世界を旅しているようでした。

 

f:id:seikatsukougeiacademy:20170916215807j:plainユキ子さん作品

 

語り部は、この地に来るにあたって深めたい関心事のひとつでした。

話の抑揚、呼吸、方言、笑いを駆使しながら、聞き手を想像の世界に誘う。

目に見えているのは語っている姿なのだが、同じ物語を聞きながらも、

同時に聞き手各々の頭の中にはそれぞれに異なった場面がくるくる展開される。

語り手の方と、会場のたくさんの方と、不思議な時空で

一体化したような感覚になれるのでした。

 

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かつては、今のように可視化された情報はごく限られていたはずです。

自分が成長する過程で見て、聞いて、学んできた中からイメージを広げる。

この時代の想像力って、この上なく楽しい世界だったのではいかなぁ。。

行動できる範囲も限られていただろうし、見たことがない世界が多い分、

そこへの想像って無限な気がする。

(いや、人は知り得た情報からしか、想像の世界は広げられないのか?)

何でもインターネットを調べれば見えるしわかる現代と、

どっちがウキウキワクワクしたのかなぁ…

 


季節で、日々、瞬間瞬間で移り変わる自然の中での暮らしだからこそ、

神秘的な、超自然的なエネルギーのようなものを感じる毎日の中で、

変幻自在に遊べる想像力を満喫しよう♪

 

 

これでひとつ盛げ(さげ)もうした。
※ 会津語りの最後の締めの言葉