自然と暮らしとものづくり

福島県奥会津三島町2017年度第1期生活工芸アカデミーの日々を綴ります

ガラパゴスの楽園

松の内も過ぎ、鏡開きも過ぎ、小正月が近づいております。

今頃ですが、新年あけましておめでとうございます。

学生以来の長ーーーい冬休みをいただき、ブログの更新をだいぶ怠けて

ご無沙汰になっておりました。

昨年の目標「脱力」が年を越してもひきずったせいか(言い訳)、

気付いたらこんな時期になっていました。

なんだかちょっと焦って気合を呼び覚ました2018年です。

ブログ書き始めの初心を読み返し、もうしばらくこちらを楽しみたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

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年末年始ですが、実家のある神奈川県川崎市に帰省しておりました。

冬休みのゆるーい目的に(お休みなのに目的とかって、なんかストイック笑)、

都心部の世情や情報、空気感やら雰囲気やら流れのようなものを、

肌で感じたいということがありました。


山の幸を収穫したり味わったり、自然の材でものづくりをしたり、

昔から伝わる物語や習慣に触れたり、自然が近い、人口が小さい

三島町でしかできないことを満喫した2017年。

この歳まで成長してきた都心部での暮らしから一転、

このブログにも言葉足らずですが精いっぱい綴ってきた、

三島町の暮らしで感じたこと、気づいたこと、学んだことは膨大過ぎて、

私を何倍にも成長させてくれたように思います。

その生活の中で得られるものが多くなるほどに、

自分の感覚、感性(?)もだいぶ三島モードに染まってこれたのかなぁと

客観的に自分を分析し、できるだけニュートラルな状態で物事を観察してみたい

自分は、このタイミングに「半都会もん、半田舎もん」の立場で

都心部を見てみようと思ったのであります。

 

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じゃぁ何をしていたかって、普通に散歩したり、外食したり、友人と会ったり、

ショッピングしたり、本・新聞・漫画読んだり、TV観てただけなのですがねww

 

そんな中、静かに、強く感じるところがありました。

 

会津って、三島町って、ガラパゴスな世界なのでは・・・

 

稀少で稀有な、すごく原始的で、実はすごく先進的で革新的な、

尊くて大切な宝がここには残っている。

外界から閉ざされた山間に集落があり、大自然の小さな暮らしの中

でこそ守られて、育まれてきた、それはそれは貴重な文化や歴史や人が、

ここには確実に、あります。

 

それは、大きく意見をするわけでも、メディアで注目されるわけでもなく、

粛々と淡々と日々の暮らしを繰り返す中にあるもの。

一極集中や格差社会少子高齢化の流れで、もしかしたら淘汰されてしまう

くらいの小さな小さな、危うい存在でもあるのかもしれない。

 

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しかし、しかし。

だからこそ、類い稀な超尖った個性であり、独自性であり、

今から後付けできない「圧倒的な個性」なのではないだろうか。

これだけ(良くも悪くも)思いやりと優しさと素直さを備えた温かい人たち、

風や雲や陽の様子から山の状態がわかること、出逢う人出逢う人みんなが

ものづくりを楽しんでいること、元気で生き生きした高齢者が多いこと、

ドラマティックな四季の変化に自然への畏敬を感じずにはいれないこと…

当たり前かもしれない。

日本の田舎には似たようなところはたくさんあるのかもしれない。

私が知らないだけで、すごく小さな視点なのかもしれない。

 

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改めて、よくよくじっっっくり三島町を観察すると、まだまだ都心の人が、

日本中の人が、世界中の人が知らない、ここにしかない宝物がごろごろしていて、

その価値をどう伝えていくか、どう届けるかに、

三島町の無限の可能性を感じずにはいれないのです。

 

 

 

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一方、時代を先頭で動かしている最大のシェア(マーケット)都心部の感覚が、

三島町にも、自分自身にも少し乏しくなっているのではないかという

一抹の不安感が過ったりもしました。

しばらく三島町内で過ごしていたことで、異なる場所や感覚や価値観から

目の前にある事柄を客観的に観ることが鈍ってきていたのかなぁと思います。

スピードだったり、情報だったり、アイデアだったり、人材だったり…

 

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鎖されているから守られるものがあると同時に、

鎖された中での歴史や常識や習慣からどんなに戦略を練っても、

次元が変わると淘汰されてしまうのは悲しい。

 

 明治時代、開国したことでがらがらっと発展を遂げた日本文化の歴史から、

三島町自体や編み組細工も、この三島町だからこそ、この三島町にしかない

カタチで、もう少し広い視野と展望でこれからの在り方を探っていく

必要があるのかもしれないなぁ、と。

 

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一方向からのものの見方の反対面には、実は全然違う姿が隠れていたりする。

物事が平面ではなく、多角的な姿をしているということに気付くと、

ひとつの対象にたくさんの表情が見つかり、より柔らかく、

楽しさが広がるような気がするのです。

そのためには、五感を通して経験し、肌身で感じること。

私が三島町で暮らす中で見えてきた色々は、都心にいて回収する情報より

だいぶリアルで、その感動や発見があったおかげで、都心にいたときに

感じていたもやもやを違う視点で捉えられるようになった気がします。

 

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何が言いたいかと言うと、私が言えたような身分でも立場でも全然ありませんが、

(むしろ今までの自分への反省を込めて)

目の前にある世界だけではなく、異なる場所、ヒト、分野との

接触と交流の機会を得て、多様な世界を全力で感じることが、

自分も社会が成長し、もっともっと豊かで柔らかな未来に繋がるような

気がするのです。

 

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グローバルで情報社会が当然になっていくこれからだからこそ、

ときに足元を見ることはもちろん、ときにもっともっと広い視点で俯瞰したり、

主観と客観を行ったり来たり、高く低く広く狭く引いたり押したりしながら

多様で多層で多面な、ニュートラルな状態で将来やものづくりや大切な人たちに

向き合えたら素敵だなぁと思う、新年。

 

えっと、 都会と田舎どっちが良いとか悪いとか、上とか下とかを

言いたいのではありません。

双方に魅力があって、補完し合って、その交換や掛け合いや交差に、

未来の可能性が潜んでいるような気がする。

 


そんな、冬休みでした。


※ 不快にさせる失礼な記載がありましたら、ごめんなさい。